料理の国籍
ハンバーグ・ステーキ(hamburg steak)の語源がドイツの港町ハンブルク(Hamburg)の名前ということはよく知られています。
モンゴル系の騎馬民族=タタールTatarの食べていた生肉の料理、いわゆるタルタル・ステーキ(steak tartare)が、ハンブルクで焼いて食べる「ハンバーグ・ステーキ」として定着したというのが、通説でした。
9世紀ごろからモンゴル高原で隆盛を誇った蒙古系諸部族を、中国人は代表的な部族名を”韃靼””とあらわしました。”だったん”って読みます。
13世紀にチンギス・ハンが諸民族を統一して国名、民族名をモンゴルとしましたが、チンギス・ハンの軍隊が東欧やロシアまでおよぶと、彼らはタタールと呼ばれるようになると、その強さに震え上がったヨーロッパ人は「タタール」彼らはギリシャ神話の冥界タルタロスを連想しました。
そして後にはタタールの名がモンゴル系、トルコ系を問わず、遊牧民の名前を総称するようになりました。ヨーロッパ人はアジアの騎馬民族が馬を食用にすることを嫌ったにもかかわらず、生肉を食べる風習を受け入れたのかはわかりませんが、タタール人が食べていたのは、移動の最中に死んだ馬の肉を鞍の下において、やわらかくなったもので、肉をミンチにするというのはあとから生まれたものだと言われていますよ。
さらに、それがハンブルクに伝わって加熱されるようになった経緯もさだかではありません。そもそもタルタル・ステーキが本当に騎馬民族に由来するのかは定かではないんです。
1880年代に250万人ものヨーロッパ人が新大陸へ向けて、大西洋を渡ったといわれていますが、ハンブルクからニューヨークに向かったドイツ系の移民の一団もいました。彼らとともにアメリカに渡った料理はハンブルクからきた人という意味のハンバーガーと呼ばれるようになりました。料理の実態としては、ありあわせのくずの肉を丸くして焼いた言い方は悪いですが、貧乏人の料理でした…..
筋のかたい肉でも食べやすくなるのが、庶民に受け入れられましたが、ハンブルクの人にとって決して、自慢ではなく、市内でハンバーグを売りにしているのは、観光客向けのレストランです。
ステーキ(STEAK)は串焼き?
ドイツでは実は、ハンバーグの前身として、
クロアチアのプレスカヴィッツァ
トルコのキョフテ
スペインのアルボンディガス
のようなミンチ系の肉団子ベースの料理が伝わっています。まあ、こっちがハンバーグのルーツでしょうね。
北ドイツ、とくにベルリンでは、「ブーレッテ」、中部や南部では「フリカデレ」とよばれているのが、それで、ハンバーグよりずっと小型のいわば、平たい肉団子を焼いた料理です。パン粉やみじん切りのたまねぎ、卵を加えるあたりははるかに日本のハンバーガーに近いです。
クロアチア料理(バルカン)ではとてもポピュラーで働いているうちに起源がこっちだったとは思った時はバルカン発でも売り出していれば、プレスカヴィッツァなり偉大な?食べ物になったのにもったいないと思ったものです。
ひき肉をまとめて焼いたり、煮込んだりした料理はベルギーやオランダでも食されていますが、もってきたのはトルコ系の移民だったりします。
ハンバーグのルーツはトルコの「キョフテ」かな
トルコ料理の影響は、中東はもとよりバルカン半島やギリシャなどでも大変大きく、タタールは本来はモンゴル系民族の総称でしたが、ヨーロッパ人が混同して、タタールとトルコを結び付けてしまったことも考えられます(インディアンみたいに)実際にタルタルステーキを思い出させる生肉料理はトルコやイランに存在します。
中東起源のひき肉料理が、バルカン半島から東欧、中欧に伝わり、ドイツ移民の手を経て、アメリカにもたらされて、アメリカでハンバーグステーキ、マクドナルドハンバーガーとして逆輸入されたようです。
ドイツでは今日、ブーレッテやフリカデレのような郷土料理とは別にハンバーグがハンブルク・ステーキはあるいはドイチュステークがレストランのメニューとなっています。英国でもそうですが、ドイツでも、ハンバーグは単にステークの名でよばれることもあり、ビーフステーキを注文するつもりでステークを頼むとハンバーグが出てくることもありえます。
そのビーフステーキですが、こちらの発祥はロンドンというのが定説ですが、シンプルながら、世界中で愛されているこの料理がこれもトルコ起源だったりします。
ステーキSTEAKはもともと串に刺した肉をあぶり焼きにすることで
中東トルコのシシカバブや日本の焼き鳥などと同じ調理法を指しています。いや、大国がネーミングした料理って市場やマーケット的に受け入れやすいものになっていて、さすがだなと思います(商売上手)ですが、起源は中東やトルコだったりします。
す。