昭和平成令和見聞録

祝!令和”三種の神器とは”?

やまたのおろち
  • 読み:さんしゅのじんぎ
  • 別名:三種神器

三種の神器の意味(三種の神器とは)

三種の神器とは「八咫鏡」「草薙の剣」「八尺瓊勾玉」の3つで、鏡、剣、玉のことです。三種の神器は、日本神話で天照大神の孫にあたる瓊々杵尊が、地上に降臨するときに授けられたものと伝えられています。天皇家の皇位継承の際に、代々伝えられてきたといわれています。

八咫鏡は、伊勢神宮の神体で、天照大神が天岩戸に隠れたときに、外に引き出すために使われました。賢所とも言われています。鏡は知恵を象徴しています。

草薙の剣は、熱田神宮の神体で、須佐之男命が八岐大蛇を退治した時に蛇の尾から出てきたといわれる剣です。剣は勇気や武力の象徴です。

八尺瓊勾玉は、八咫鏡とともにの木にかけて岩戸隠れの際に使われました。宮中に安置されているといわれます。玉は慈悲深さを表すものです。

三種の神器の実際

神器とは神の依り代のことでもあります。

神葬祭では霊璽を鏡の前に飾り、五色旗に刀や勾玉、鏡などを飾ります。鏡の後ろに扉を置き、祭りなど特別なときにだけ開くというのも、神道の特徴です。

三種の神器も、こうした神道の一部だ。神々から、直系の子孫とされる皇室に代々伝えられていると言われている。日本の天皇は王冠を被らない代わりに、三種の神器が皇位を表す。しかし、神聖なこれらの宝物は、人々の目から隠されている。

名古屋大学の河西秀哉教授はBBCの取材に対し、「いつ作られたのか分からないし、見たことがありません」と説明した。

「天皇ですら見たことがないのです」

皇室の即位式である「即位の礼」においてさえ、形代(かたしろ、レプリカ)を使う。なお、このレプリカもまだ披露されていない。

オリジナルは、もし本当にそこにあるとすれば、日本各地の神社にとどまることになる。

八咫鏡(やたのかがみ)

1000年以上も前に造られたとされる八咫鏡は、三重県の伊勢神宮に納められていると信じられている。

倫理学の研究機関「モラロジー研究所」の竹中信介博士によると、三種の神器の中でも八咫鏡が最も神聖とされている。

1989年に天皇が即位された際、八咫鏡だけは「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」で継承されず、皇居の賢所(かしこどころ)で個別に祭儀が行われた。

Artist impression of Yata no Kagami
Image copyrightBBC/DAVIESSURYA

日本の民話では、鏡は神の力を持ち、真実を映すとされる。皇室の儀式では、八咫鏡は天皇の知恵を象徴する。

日本の古代神話を記した古事記によると、八咫鏡は伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)という神によって造られた。

太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)が、きょうだいの建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)との不和を理由に天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまい、世界は闇に包まれた。

困った神々は宴を開いて天照大神を誘い出そうとした。天照大神は、八咫鏡に映った自分の写し身に誘われて外に出て、世界に光が戻ったとされる。

八咫鏡を含む三種の神器はその後、天照大神の孫に当たる邇邇芸命(ににぎのみこと)に受け継がれた。

竹中博士によると、天照大神は邇邇芸命に「この鏡こそは、ひたすら私の魂として、私自身を祭るように心身を清浄にしてお仕えせよ」と命じたという。

邇邇芸命は、紀元前660年に日本で最初の天皇となった神武天皇の曽祖父とされている。

草薙剣(くさなぎのつるぎ)

草薙剣は、愛知県の熱田神宮に祭られているといわれている。

Artist impression of Kusanagi no Tsurugi
Image copyrightBBC/DAVIESSURYA

伝説によると、草薙剣は8つの頭を持つヘビ「八岐大蛇(やまたのおろち)」の尾から生まれた。八岐大蛇に娘を食べられてしまった老夫婦が、最後に残った娘との結婚を条件に須佐之男命に助けを求めた。須佐之男命は八岐大蛇に酒を飲ませて退治し、その尾から草薙剣を見つけた。草薙剣はその後、天照大神に捧げられた。

剣は天皇の勇敢さを示している。しかし、その由来や所在はほとんど分かっておらず、実在を疑問視する声もある。

ただ、その存在が秘匿されているのは事実だ。江戸時代、1人の神主がこの剣を見たと触れ回ったが、その後、神主は流刑にされたという。

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一方、12世紀の壇ノ浦の戦いで失われたという説もある。しかし竹中博士は、この失われた草薙剣もレプリカだった可能性があり、現在は別のレプリカが皇居に安置され、即位の礼に使われると説明する。

1989年の平成の即位の礼では、天皇は草薙剣を継承したとされているが、剣を納めた箱が開けられることはなかった。

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)

勾玉とは、紀元前1000年ごろから日本で作られ始めたコの字型に曲がったビーズの一種。もともとは装身具だったが、後に象徴的な価値を持つようになった。

Yasakani no Magatama
Image copyrightBBC/DAVIESSURYA

璽(じ)とも呼ばれる八尺瓊勾玉は、天照大神の岩戸隠れの際に、玉祖命(たまのおやのみこと)が作って飾ったとされる。

三種の神器の中では唯一「オリジナル」が残っているとされているものだ。

現在は皇居に保管されており、天皇の慈悲を象徴している。

天皇の正当性を裏付ける神代からの宝物

天皇という日本の象徴の存在の正当性を裏付ける神物という意味が三種の神器にはあります。

正当皇位継承者にのみ受け渡しされるもので、天皇が崩御されるもしくは譲位される際に「承継の儀」を持って、次の天皇に三種の神器が受け継がれます。
※厳密には承継の儀は剣璽等承継の儀と呼ばれ、草薙の剣と八尺瓊勾玉の入った神櫃が次の皇位継承者に受け渡しされます。

三種の神器を見れる人はこの世にいない

三種の神器を見れる人はこの世には存在しません。
三種の神器の隣の部屋で寝られる天皇陛下でさえ見ることは許されないのです。

そのため、三種の神器はすでに灰である、三種の神器にはヘブライ語が書いている等、様々な推論が生まれました。
これら一般に言われる様々な説に関しては後程解説いたします。

三種の神器が見られない理由に関しては、これまで長い歴史の中で様々な議論が国学者や神道学者によって行われてきました。

一つの解釈に、聖なるものは一般人、俗人が触れる、見ることによって俗に染まるのであって、聖域を守ることこそ神聖さを守ることという考えがあります。
実際、皇居に住まわれる掌典、内掌典と呼ばれる神職の方々は、宮中での祭祀に当たるために、とても厳しい戒律を守っています。
清浄なモノを意味する「清(きよ)」と穢れたモノを意味する「次(つぎ)」を厳密に区別し、祭典に当たっては穢れた状態にならないように最新の注意を払うと言われています。

明治時代に明治天皇が八咫鏡を見たという話や、文部大臣の森有礼が見たという説もありますが、存命の人で見た人はいません。

現在三種の神器が鎮座する場所

それぞれの三種の神器が現在ある場所は以下の通りです。

三種の神器の勾玉の場所:皇居のみ

形代(レプリカ)が存在しない八尺瓊勾玉は、宮中の天皇の寝室の横にある剣璽の間(けんじのま)」に神櫃という箱の中に安置されています。

三種の神器の神鏡の場所:伊勢神宮と皇居

八咫鏡の本物は伊勢神宮(正式には「内宮 (皇大神宮)」)にアマテラスオオミカミのご神体として祀られています。

八咫鏡の形代(レプリカ)は皇居の中の宮中三殿の賢所(かしこどころ)に奉安されています。

八咫鏡はアマテラスオオミカミが「この鏡を見るときは私を見るものと思いなさい」と言いニニギノミコトに授けたことから、三種の神器の中で唯一宮中の奥深くに祀られています。

三種の神器の神剣の場所:熱田神宮と皇居

草薙の剣の本物は熱田神宮に祀られています。

諸説ありますが、熱田神宮ではこの草薙の剣はアマテラスオオミカミの御霊代(アマテラスオオミカミの御霊が宿るご神体の意味)として祀られています。

草薙の剣の形代(レプリカ)は八尺瓊勾玉と共に、剣璽の間に安置されています。

三種の神器の神話や由来

三種の神器がどのように成り立ち、天皇家に伝わる宝物となったのか解説いたします。

天孫降臨にてアマテラスオオミカミからニニギノミコトへ受け継がれる

まず、三種の神器はどのように天皇家に受け継がれるものになったかの物語です。

元々三種の神器は天皇家の祖、皇祖神のアマテラスオオミカミが所有していました。アマテラスオオミカミは高天原という天界にいます。

この天界から今の日本、つまり地上界に持ち込んだのは、ニニギノミコトという神様です。

ニニギノミコトはアマテラスオオミカミの孫に当たる神様で、地上の国(葦原中津国)の統治をしに降臨されます。
この降臨の際に、アマテラスオオミカミがニニギノミコトに三種の神器を授与され、歴代の天皇が大切に保管して今に至るのです。